こんにちは!

 

いよいよ秋も終わり、寒さが身にしみる時期になりますね。

そろそろ、冬物も出さなきゃなーと思っている今日この頃ですが、

昨日の晩、窓に生まれたばかりのような大きさのこどもヤモリが

えさを探していたようでびっくりしました!

寒いのに、あんなに小さいのに頑張ってました。

生き物も冬支度ですね!!

 

 

さて、

今回はタイルの町笠原を支えてきた、

ばぁちゃんたちのお話をしたいなと思います。

 

まず、作善堂のある岐阜県多治見市笠原町という町は

タイルの生産日本一の地域です。

昔から町のいたるところでタイルが作られており、

そのタイルをシート張りにする仕事を担い、町を支えてきたのが

この地域の女性たちです。紙張りを教えてくれるばぁちゃんも

そのひとりです。

 

 

なぜこの地域でタイルシンクを作ることになったのかというのは、

大量に生産されるタイルから出る不良品

(色がうまく出なかったものや一部の欠けがでてしまったものなど)

をどうにかできないか…というところから始まったそうで、

全盛期はタイルシンク工場がひしめき合い、70軒ほどもあったそうです。

しかし、好景気バブルの時代に突入するとステンレスや大理石、

など新しい素材のシンクが登場し、タイルシンクは低迷。

工場も数が激減し、5、6軒ほどにとなり、

今では作っている場所はほとんどない現状となりました。

 

タイルの紙張りを教えてくれるばぁちゃんは、

タイルシンクが始まったところから、ずっとタイルシンクとともに歩み、

タイルの町を支えてきてくれました。

タイルシンクを最後まで守ってくれたのも、ばぁちゃん達のおかげなのです。

 

ばぁちゃんたちにはばぁちゃんたちの時代があったけれど、

あなたたちにはあなたたちの時代がある。だから、今の人たちが

求めてくれるシンクを作ったらいい。

そう話してくれた、ばぁちゃんに感謝ですね。

 

ずっとタイルの仕事をしていたこの地域のばぁちゃんたちは、

体のあちこちを痛めてしまっています。

それでも、若い人たちがやってくれるならと指導してくれたり、

今でも、作善堂のタイルの一部はばぁちゃんが紙張りをしてくれています。

 

タイルシンクが欲しいと思ったけれど、なかなか作っている

ところがなくて、作善堂さんでやっと素敵なのを見つけました。

このように話してくださるお客様も多く、

ばぁちゃんたちが守ってくれたおかげだなーとしみじみ思います。

 

笠原の町とそこに住む人々がつないできたタイルとタイルシンク…

手に取っていただいた方々が笑顔になれるような、

そんな素敵なものづくりをしていきたい。改めてそう思います。

 

 

 


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